ガイナーレ鳥取観戦記 その12 果てしなき死闘1



あの日から3週間がたってしまった。

12月28日現在のカマタマーレは契約更改が進み

新たな新戦力も発表された。

そちらの方に興奮と興味が移る。

しかし、あの日に何がったかを書き残しておきたい。

いつまでも昔の栄光を書きつづるのは

過去しか自慢できないさびしい人のようで不本意ですがご容赦を((笑)



では時間を戻す。



藤田の退場が後半08分。

その後、攻勢に出るガイナーレにきわどいラストパスをサイドチェンジ気味に2本とおされる。

そのうち一つは外側からではあるがサイドネットを揺らされる危険なものであった、

ここにいたり北野監督は最終の防衛ラインに天羽選手を投入。


ガイナーレの意図は明らかに攻撃的な持留のいるカマタマーレ左翼を崩し

サイドチェンジ気味に、あるいは13番をポストにしてラストパスを右側に通すことで

決定的なフィニッシュに持っていくイメージで統一されていたように思う。

少なくともガイナーレの10番はカマタマーレ右翼にラストパスを供給していた。




カマタマーレが前半から優位な展開を継続していた理由の一つに

最前線に位置する高橋、木島の頑張りがある。


それは単に得点に絡む仕事をして相手に脅威を与えているからだけではない。

相手がボールを保持するときに献身的にそれを追いかけるからである。

ガイナーレ選手はしばしそのボールの出しどころを失い

タッチを割るか後に戻さざる得なる。

大幅に時間を稼いでいる。それだけでDFの帰陣時間を稼ぐ援護になる。

あるいはボールを奪い返すこともあった。



あの2人のベテランには本当に頭が下がる。

若者たちも何か感じとり、その後のサッカー人生を豊かにするだろう。



ただペアでのボール回収作業、プレス作業。

木島が圧力をかけ高橋が前方のパスコースを切る。

この作業が1人少なくなったことにより変更を余儀なくされる

木島が1トップで残り2人分の仕事。

最前線でのプレスを継続するがさすがに守備範囲が広すぎる。


必然とガイナーレのボール保有率がそのほとんどを占める。

そして最終的には最初に記した危険な状況が起こっていた。



そして天羽選手の登場である。



彼はいつもカマタマーレのピンチにあらわれる

彼の尽きないスタミナと強靭なフィジカル、そして冷静な判断力は

カンフル剤となりチームに冷静と落ち着きを取り戻させるのか??

「天羽ちゃん来たからもうそこは大丈夫・・・」的な安心感


カマタマーレがスタミナに心配がある夏場

彼の存在が幾度チームを救っただろう

あのクレバーさやフィジカルは鳥栖や浦和にも通用した。

局地戦のスペシャリストである。



彼の付ける背番号は「2」

何ともぴったり似合う

キャプテンではない

しかし、確実で精密で頼もしい組織のNO2

危険な芽を摘み、効果的な攻撃を演出する2番


私が初めて所属したサッカー少年団でもらったナンバーが「2」

ゆえに同じナンバーを背負う彼に愛着を感じるのか

私がなりたかったサッカー選手を実在化したような漢だから気になるのか(笑)

うちの弟君は「ラムネ少年」なる称号をサポ様から頂くきっかけを作ってくれた選手。

当然、彼も大ファンだ。私の妻も母も・・・・


ついでに言うと男前だし頭もいい。

彼の出身高校は徳島県下でNO1の進学校らしい。

もてる・・・だろう・・・

やっぱ俺がなりたかった理想のサッカー選手だな・・・・(笑)


投入されてからの彼は冷静さをいかんなく発揮し

起こりうるリスクの捨拾を行う。


全てのリスクに対応しようとした時、そのセキュリティーは崩壊する。

彼は勇気をもってその許容できるギリギリのところでリスクを拾い、管理し、

右サイドの安定に奔走した。


時計は進み

これ以降、事態は第3局に移行しつつあった


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小学生では水泳を習ってました。水泳の脚力アップにサッカーを習いましたがむしろサッカーの魅力に取りつかれました。しかし小学校5年生からのスタートはハンデでした。伸び盛りのゴールデンエイジにまだサッカーをはじめていないこと。インターネットなどがなく、今ほど理論的な指導はなく、スクールなどは充実していなかったことなど。何よりその才能はサッカーの神様に愛されているとは到底言い難いものだったこと(泣)。選手としてはMF、DF最後はゴールキーパーとして15歳の試合を最後に(中学総体時)に引退しました。

月日は流れ・・・

その後もサッカーは好きで代表戦やJリーグを中心にサッカーを見ていました。トッププレーヤーのため息が出るほどの美しいプレーを見るたび、自身の才能のなさを嘆くこともありました。なぜサッカーをすることにおいて、サッカーの女神は私を愛してくれなかったのか?(同じ名前なのに鹿島の柴崎君は愛されているようです・・・笑)その答えは40歳を過ぎた時に明らかになる出来事がありました。わが郷土にJリーグを目指して闘い始めたサッカーチームが現れたのです。女神様は競技する才能を私に与えなかった。しかし、それと引き換えに「サッカーを愛する才能」をふんだんに授けてくれたたことに気が付きました。そしてその才能を充分発揮できる宝物も与えてくれました。今、私の才能・・・サッカーを愛する才能・・・のすべては一つのチームに注がれています。そのチームの名前はわが郷土から初めて誕生しようとしているプロサッカーチーム・・・「カマタマーレ讃岐」。このチームとともに神様が与えてくれたミッションを果たすべくすすむ大冒険をブログにつづりたいと思います(笑)

よろしくお願いいたします

(=゚ω゚)ノ


このブログタイトルについて

初めてカマタマーレの試合を観戦した時に目にした古参サポーターさんたちの情熱。とても感動したのを覚えています。それ以後、彼らの熱い思いをいつまでも振り返れるよう、そして自分自身が忘れないようにこのタイトルをつけました。

飛行士業

しかし、モデルとなった原作「とある飛空士への追憶」のようにさわやかなブログには程遠く「暑苦しく、無秩序に取り乱した文章」を書き散らかされております。ご容赦ください。ちなみに筆者イメージも原作とは程遠く「飛空士」というより「低牛」のほうがイメージに合致します(笑)

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