ガイナーレ鳥取観戦記 その10 帰還してきた漢2

先発したメンバーの布陣を見てみると

センターバック右 藤井

右DF 藤田

右MF 堀河

カマタマーレ右翼は

年齢も近くおそらく寝食を仲良く共にしてきたであろう兄弟のような若者たちで構成されている。


この3人で百戦錬磨のガイナーレ鳥取22番 森選手 に対峙している。

彼に仕事をさせない任務を負っていたのだろうと推測される。

実際前半 ガイナーレ22番はその存在感を希薄にしていた。


入れ替え戦第1戦 先制直後に同点弾を叩きこんだガイナーレの攻撃的MFを

若いカマタマーレ戦士が3人で迎撃していた。


藤田がケアしている場合、後ろにこぼれたら藤井、前なら堀河が拾う。

そんな感じ。実際によく機能していた。


また奪った後の堀河の個人技や藤田のオーバーラップで再三の好機を演出。

セットプレーの際は野口、藤井が攻撃参加するので藤田は自陣にとどまり

危険なカウンターに備える。


また、ガイナーレは右側(カマタマーレからすれば左翼)をその攻撃の突破口として狙っていた感がある。

どちらかというと攻撃的な持留を崩しクロスを上げたいイメージで攻めている。

故に前半は本当に右サイドは危なげがなかった。

後半2


ただ、藤田がケアに行った際、どうしてか相手選手が倒れる。

前半に1枚目のイエロー

その後もプレーが止まるたび彼が何か審判に指摘を受けていた。


入れ替え戦も2戦目になると必然と球際が激しくなる。

アンドレアも高橋もガイナーレ選手だってかなり激しく競り合っている。

藤田がとりわけラフなプレーをしているイメージはない。


ただ・・・スピード・・・・それに対する慣れ

このファクターのみ藤田選手は大きくハンデを背負わされている。

何しろ夏までまったく試合に出ていない。

JFL公式戦でJのスピードに対応できるほど長い時間はピッチに出ていない。

本年唯一のJチームとの対戦 天皇杯3回戦 JEF千葉戦にも出ていない。

ここは明らかに埋めることができない要素だ

そのハンデを埋めるのは通常経験なのだろうが、大卒2年目の彼の経験ではそれも厳しい。


弱肉強食。

一騎当千のJリーガーがそこを見逃すわけはない。

やや引っかかり気味にガイナーレ13番久保選手がピッチ中央で転倒。

悪質ではない。

しかし間違いなく藤田はボールではなく体に障り久保選手が転倒。

ガイナーレは好機を邪魔されたように映る。


あとでスカパーを見るとガイナーレ13番久保選手はうまくはじかれているようにも見える。

そのプレーに悪意や恨みはない。

ただ「巧い」と感嘆する。これもプロフェッショナルだと思う。

しかもファールを冒したのはカマタマーレ側なので

むしろ非難されても文句は言えない。


カマタマーレは1プレーで右翼DFを失う。

完璧と思われた右翼がもがれる

必然と堀河が一列後退

そのDFラインに合流し防戦の任に就く。


ガイナーレは攻勢に出る気配を感じる。

「ぞくり」とする殺気。


秋田監督の言う「讃岐の燃料が切れる60分」が迫ろうとしていた。



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小学生では水泳を習ってました。水泳の脚力アップにサッカーを習いましたがむしろサッカーの魅力に取りつかれました。しかし小学校5年生からのスタートはハンデでした。伸び盛りのゴールデンエイジにまだサッカーをはじめていないこと。インターネットなどがなく、今ほど理論的な指導はなく、スクールなどは充実していなかったことなど。何よりその才能はサッカーの神様に愛されているとは到底言い難いものだったこと(泣)。選手としてはMF、DF最後はゴールキーパーとして15歳の試合を最後に(中学総体時)に引退しました。

月日は流れ・・・

その後もサッカーは好きで代表戦やJリーグを中心にサッカーを見ていました。トッププレーヤーのため息が出るほどの美しいプレーを見るたび、自身の才能のなさを嘆くこともありました。なぜサッカーをすることにおいて、サッカーの女神は私を愛してくれなかったのか?(同じ名前なのに鹿島の柴崎君は愛されているようです・・・笑)その答えは40歳を過ぎた時に明らかになる出来事がありました。わが郷土にJリーグを目指して闘い始めたサッカーチームが現れたのです。女神様は競技する才能を私に与えなかった。しかし、それと引き換えに「サッカーを愛する才能」をふんだんに授けてくれたたことに気が付きました。そしてその才能を充分発揮できる宝物も与えてくれました。今、私の才能・・・サッカーを愛する才能・・・のすべては一つのチームに注がれています。そのチームの名前はわが郷土から初めて誕生しようとしているプロサッカーチーム・・・「カマタマーレ讃岐」。このチームとともに神様が与えてくれたミッションを果たすべくすすむ大冒険をブログにつづりたいと思います(笑)

よろしくお願いいたします

(=゚ω゚)ノ


このブログタイトルについて

初めてカマタマーレの試合を観戦した時に目にした古参サポーターさんたちの情熱。とても感動したのを覚えています。それ以後、彼らの熱い思いをいつまでも振り返れるよう、そして自分自身が忘れないようにこのタイトルをつけました。

飛行士業

しかし、モデルとなった原作「とある飛空士への追憶」のようにさわやかなブログには程遠く「暑苦しく、無秩序に取り乱した文章」を書き散らかされております。ご容赦ください。ちなみに筆者イメージも原作とは程遠く「飛空士」というより「低牛」のほうがイメージに合致します(笑)

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