ヒロと戦う

2014年

カマタマーレは

さまようがごとく残留戦線で過ごし

常に降格の恐怖に付きまとわれ

Jリーグの過酷さを思い知らされたシーズン。


そんな昔ではないけれど

色々と記憶は薄れがちである。

当時、主力でピッチに立っていた選手は

今は半分前後になりつつある。


それはいいことなのか・・・

心配なのか・・・・

実は私にはわからない。


生き残った経験が頼もししいのは事実だ。

然し、

そもそもその状況に追い込まれないだけの実力の選手が増えているなら

成長の証である。


ただ一つ恐ろしいことがある。

その残留戦線を戦い抜いた戦士が

私たちに残留の希望の灯をともした才能豊かな男が

今回は相手側にいる。


古田寛幸


この名前は

讃岐の2014年以前からのサポーターには独特の響きがある。


J1経験クラブから

北の大地から

才能豊かな若者は

讃岐の危機を救いに来てくれた。


彼の視界には「世界まで」見えており

2部リーグを生き残ることで精いっぱいの我らに

希望の光をともした。


アウェイスタジアムで、満員の相手サポーターの中、

最強・名門のジュビロ相手に

技ありの1撃を放つ。


彼の雄姿に狂喜乱舞したものだ。

「磐田??それがどうした。」

彼の背中はそう語っているように見えた。

そんな自信と気迫で私たちに勇気を与えてくれた。

間違いなく14年の讃岐の救世主である。


「ヒロ、ヒロ」と今でもみんな大好きな選手である。

女性サポさんにはいまでも「王子様」である。


札幌を離れた昨年末

また一緒に戦ってくれるのではないか・・・

心からそう思った。


移籍先が金沢に決まり

そこで更なる飛躍を目指すなら

是非、成功してほしいとだれもが思った。


しかし、サッカーの神様は残酷なもので

今、彼の所属チームもまた

その生存をかけて讃岐にやってくる。

カマタマーレも残留争いに巻き込まれた。

このカードは大一番になった。


古田寛幸


彼を擁する金沢攻撃陣と戦わねばいけない。

彼を零封し、彼のチームから得点を奪わねば

われらが生き残れない。



そういう定めなら潔く戦う。

ツエーゲン金沢を撃破し

カマタマーレは不毛な残留戦線から脱出する。




いつかまた同じ旗のもと戦える日が来るかもしれない

そんな日が来ることを楽しみにして・・・・・

完全にかれを封じることを叫び祈るだろう。



戦えというのなら戦う。

倒せというなら倒す。


涙目で敢えて言おう。

古田寛幸は讃岐から未来を奪う危険なストライカーである。

彼をゴールに近づけてはならない。



これもまた

素晴らしきかなJリーグ。



追伸

ヒロ、万全の状態でピカスタに来てくれ。

みんなで鉄壁の防御網を構築してお待ちしています。



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小学生では水泳を習ってました。水泳の脚力アップにサッカーを習いましたがむしろサッカーの魅力に取りつかれました。しかし小学校5年生からのスタートはハンデでした。伸び盛りのゴールデンエイジにまだサッカーをはじめていないこと。インターネットなどがなく、今ほど理論的な指導はなく、スクールなどは充実していなかったことなど。何よりその才能はサッカーの神様に愛されているとは到底言い難いものだったこと(泣)。選手としてはMF、DF最後はゴールキーパーとして15歳の試合を最後に(中学総体時)に引退しました。

月日は流れ・・・

その後もサッカーは好きで代表戦やJリーグを中心にサッカーを見ていました。トッププレーヤーのため息が出るほどの美しいプレーを見るたび、自身の才能のなさを嘆くこともありました。なぜサッカーをすることにおいて、サッカーの女神は私を愛してくれなかったのか?(同じ名前なのに鹿島の柴崎君は愛されているようです・・・笑)その答えは40歳を過ぎた時に明らかになる出来事がありました。わが郷土にJリーグを目指して闘い始めたサッカーチームが現れたのです。女神様は競技する才能を私に与えなかった。しかし、それと引き換えに「サッカーを愛する才能」をふんだんに授けてくれたたことに気が付きました。そしてその才能を充分発揮できる宝物も与えてくれました。今、私の才能・・・サッカーを愛する才能・・・のすべては一つのチームに注がれています。そのチームの名前はわが郷土から初めて誕生しようとしているプロサッカーチーム・・・「カマタマーレ讃岐」。このチームとともに神様が与えてくれたミッションを果たすべくすすむ大冒険をブログにつづりたいと思います(笑)

よろしくお願いいたします

(=゚ω゚)ノ


このブログタイトルについて

初めてカマタマーレの試合を観戦した時に目にした古参サポーターさんたちの情熱。とても感動したのを覚えています。それ以後、彼らの熱い思いをいつまでも振り返れるよう、そして自分自身が忘れないようにこのタイトルをつけました。

飛行士業

しかし、モデルとなった原作「とある飛空士への追憶」のようにさわやかなブログには程遠く「暑苦しく、無秩序に取り乱した文章」を書き散らかされております。ご容赦ください。ちなみに筆者イメージも原作とは程遠く「飛空士」というより「低牛」のほうがイメージに合致します(笑)

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